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2008.05.11 継ぐべきもの
僕が独り暮らしを始めた19才の頃
生活がひどく荒れていた。


朝日が昇る頃ベットに入り、昼過ぎに起きる。
暇さえあれば煙草をくわえ、食事も外食ばかり。
運動なんて、全くしてなかった。

1年後、僕の身体に異変が起き始めた。
常に身体がダルく、何を食べても美味しくないのだ。
気だるい身体で、コンビニの弁当を無理に食べながら
「どうしちゃったんだろう」
と、部屋で独り、溜息をついていた。

定職にも就かず、何のあてもないまま東京に出てきたので
何となく母に連絡するを躊躇っていたのだけれども
つい電話をしてしまった。

母は
「ちゃんと、自分で作って食べなさい」
と静かに言った。

早速、味噌汁を作った。
とりあえず、美味しい味噌汁が飲みたかった。
独り暮らしを始めてから、一度も美味しい味噌汁に出会ってなかったから。

何となく感で作ってみたら
ひどく不味かった。

また、母に電話をする。
「粉末のダシじゃなくて、ちゃんとしたダシでとった方がいいわよ」
と教えてくれた。
その他に、豆腐・野菜・あさりなど
それぞれの作り方のコツを教えてくれた。
何だか、母の声は楽しそうだった。

それから、何度か試行錯誤を繰り返し
やっと、自分で納得できる味噌汁が出来た。
(俺は、煮干より鰹ダシの方が好みだなぁ)
何て事も思うようになった。

それから、すっかり自炊する習慣が身についた。
しばらくして「自分で作った方が美味しいや」なんて思うようにもなった。

kari

母は、大変料理好きな人だった。
中学生の頃、土曜日は部活があるので、お弁当持参だったのだが
前の日に母が、
「おにぎりとサンドウィッチ、どっちがいい?」
と聞いてきた。
僕は「ウ~ン、ウ~ン・・・」と悩み続けると
「わかったわ」と、母は微笑んだ。
次の日のお弁当は、ちゃんと食べ切れる量の
サンドウィッチとおにぎりとおかずが入っていた。

今、思えば
多感な十代の頃、どんなに母と喧嘩しても
食事だけは、しっかりと食べていた気がする。

僕の味覚を作ってくれたのは母。
今、身体に悪い物を不味いと判断できるのも
全て母のおかげ。
もし、買ってきた惣菜や、外食ばかりで育ったら
そういう味が、僕の基準になってしまっていたから。

どんなに美味しいレストランでも、毎日は食べられない。
母親の料理を、何十年食べても飽きないのは
「私が、この子をちゃんと育てるんだ」
という、愛情と気合いが料理に入っているからだ。
だから、お金をかけなくても、母親の料理は生き生きしていて美味しい。

僕が、そんな単純な事に気づかないうちに
母は他界してしまった。
本当の感謝の気持ちを、一言も言えないうちに。

もし、将来、僕に子供が出来たら
美味しいものを沢山作ろうと思う。
僕の作ったもの美味しいと言ってくれたら
「お祖母ちゃんのおかげなんだよ」と教えようと思う。
そうすれば、僕の子供は、亡き母の存在を感じる事ができる。

それが、ちょっとだけだけど
母への恩返しになる気がする。


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